淡口醤油


 

龍野醤油の沿革
 天正15年円尾孫右衛門長村が武士を捨てて龍野町で商人となり、円尾屋の屋号で酒、醤油の醸造販売を始めたのが龍野醤油の起源といわれる。孫右衛門の祖父は円尾兵庫頭祐則で播磨の豪族赤松円心則村五代の孫円尾河内守の弟で揖東郡西脇の笠松城主だった。当時は赤松一族やその家臣が武士を捨て、龍野やその周辺に住みつき酒造業で身を立てる者が多かった。
 龍野はもともと酒造地として出発、醤油は副次的な産業として一部の酒造業者が手がけるにすぎなかった。しかしながら、龍野の水は軟水で酒造りに必要な硬度がなく、酵母の無機栄養分が不足していたため酒造りは廃れていった、一方で鉄分が少ない龍野の水は淡口醤油には最適の水であった。さらに醤油造りに必要不可欠な良質な大豆と塩が手に入りやすく、淡口醤油の産地としてはすべての条件に恵まれていた。
 ‘‘関西の味’’を尊重する家庭や料理屋に引っ張りだことなり、シェアはどんどん伸びていった、もちろん淡口では日本一の生産地となっている。

龍野醤油が発展してきた背景
①龍野地方の中央を流れる揖保川の伏流水は軟水で、鉄分が少なく、醤油の醸造に適している。

②付近の播州平野から産出される良質の大豆、小麦、米と赤穂の塩などの主原料が容易に入手できた。
③揖保川の水運を利用した舟便で網干港から京都、大阪、神戸の大消費地への輸送ルートに恵まれた。
④歴代龍野藩主の積極的な産業奨励策があった。

龍野醤油出荷の推移
               組合員(社)       従業員(人)      生産数量(kl)

平成19年           13               665               51,685
平成20年           13               642               47,503
平成21年           13               615               42,673
平成22年           13               626               40,400
平成23年           13               611               39,260
平成24年           13               598               38,096
平成25年           11               592               36,518
平成26年           10               578               36,229

平成27年   10    568      35,138
平成28年   10    565      34,295
平成29年   10    547      33,247
平成30年   10    539     32,100
令和1年   10    531      32,100
令和2年    9     536      28,048
(龍野醤油協同組合より)


淡口の味
  龍野の淡口醤油は甘味料として甘酒を用いる。この醸造法は寛文年間に発案されたというが、昔は酒造業が盛んで、醤油はその副業的に造られていたことを考えると、甘酒の使用の根源はもっと以前にさかのぼるかも知れない、いずれにしても、これが龍野醤油独特の伝統技法であり、龍野醤油ならではの”隠し味’’の秘訣となったのである。
龍野醤油は脇坂藩の手厚い保護のもとに発展するが、享保9年には龍野藩から江戸送りの醤油112石から毎年増えて享保15年には162石になった。また円尾屋文書によると、龍野醤油を初めて京都へ送ったのは元文年間と記されている。


うすくち醤油のできるまで
1.種こうじを混合…原料の小麦・大豆に種こうじを加え醤油こうじを作ります。

2.もろみを熟成…醤油こうじに塩水を加えて約半年間もろみを熟成させます。
3.しぼる…熟成したもろみに甘酒を加えて圧搾し風味よい生醤油ができます。
4.殺菌…火入れと、ろ過をし、ここで仕上げされ風味豊かな淡口醤油ができあがります。
5.充填…きびしく品質検査後、色、味、香りをチェックしながら容器につめます。
6.出荷…各地へ配送されます。

醤油の適切な保存方法
 醤油には空気に触れたり、太陽の光や熱の影響で色や風味が急速に落ちてしまう性質があります。おいしさを長もちさせるには、開栓後は冷蔵庫にいれるのが一番で、色・味・香りがより長もちします。早く使い切るために使用料に合わせた容量の商品を買うようにすることも大切なことのひとつです。

醤油の種類
 醤油には濃口醤油、淡口醤油、たまり醤油、再仕込み醤油、しろ醤油があります。
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